時間の伸張またはピッチのみの変更  (サンプリング周波数の項も参照)                         (C)Y.Utsunomia 2008-2010 「テンポの変更」「ピッチの変更」「時間軸のスライド/ピッチの変更」  電子音楽の時代にはほとんど存在しなかった効果で、ピッチはそのままで演奏時間の み短縮または延長する、あるいは演奏時間はそのままに、ピッチのみを変更する機能で あるが、本質的には同じような機構で実現できる。audacityはオフライン処理のソフト なので関係ないが、単体機能の製品では、後者のピッチのみの変更はリアルタイム動作 できるものもある。  先に電子音楽の時代にはほとんど存在しなかった、と記したが、1960年代には、回転 ヘッドを搭載した、この用途に使用するアナログマシンがあったようだ。しかし、単純 な可変速のレコーダーでさえ特注だったことを考えると、回転ヘッドを搭載したレコー ダが量産されていたとは考えられず、おそらくは放送局などに向けた特注品が極少数生 産されただけであろう。  この機能はピッチのみを変える機能が実現できた時点で、時間のみの短縮、延長も可 能になる。つまり、可変速度のレコーダで目的の演奏時間に調整し、ピッチのみの変更 機能により元のピッチを取り戻せば良いからだ。  サンプリング周波数の項で解説したが、可変速で得られる効果は、単純な速度変化で はあるが、再生速度を遅くするとピッチも下がる。再生速度を半分にすると、ピッチも オクターブ下がる。  1970年代後半になると、米国イーブンタイド社から「ハーモナイザー」の名称で、デ ジタル化された「ピッチのみを変更する」装置が発売され、この機能が広く知られるよ うになる。この製品は前記した回転ヘッドを搭載したレコーダーをそのままデジタル化 したようなアルゴリズムで動作するが、テープの変わりに半導体メモリー(D-RAM)が使 用されていた。動作原理は次のよう。 12345678901234567890  元の音 1122334455667788990011223344556677889900 オクターブ、ピッチが上がった音  入力された音を一定時間ごとに分割(毎秒20〜50回程度)し、書き込んだ時(録音し たとき)の倍の早さで2回読み出し(再生し)すれば1オクターブ音程があがるわけだ。 テープ録音ではテープとヘッドの相対速度で音程が変わるため、録音よりも再生を速く するには、再生ヘッドを動かす必要があるが、それでは演奏時間そのものが変化してし まうので、回転ヘッドにして、次々にヘッドが切り替えられるように工夫されているの である。(正しくはまったく同じ場所を再生するわけではなく、少しずつ再生場所をず らせる) **ピッチを下げる場合は、重複再生ではなく、逆に一定間隔で間引くことで効果を実 現する。  このような原理でピッチを変化させているため、分割回数(毎秒20〜50回)に応じた 音の震えが生じてしまうし、切り替え点でプチプチと接合ノイズが生じたりする。  イーブンタイド社の製品が登場して、すぐに追随する他社からも同様の装置が開発、 販売されたが、改良された点といえば、この音の振るえとプチプチノイズを如何に軽減 するかということに終始していた。  audacityにも同様の機能があるが、ver,1.2.xのころから標準装備されている「ピッ チの変更」がこれにあたる。上記したように、可変速機能と組み合わせると「テンポの 変更」になるが、いずれも「音の振るえ」と「プチプチ(軽減されて入るが)ノイズ」 がある。 「時間軸のスライド/ピッチの変更」(ver,1.3.7〜)  audacity ver,1.3.7から搭載された機能に「時間軸のスライド/ピッチの変更」があ るが、この効果は上記のアルゴリズムではなく、新しい論理である「フーリエ解析→解 析結果の変調→フーリエ合成」によるものである。この原理を応用したピッチ(テンポ )の変更は、近年のFFTベースのソフトにも多く見られるが、やはり「音の振るえ」が 残るものが多い。  この原因は、フーリエ解析を行うときにフーリエ窓を連続して次々に開くことにより、 「解析の不連続」が生じてしまうためなのであるが、ver,1.3.7から搭載された「時間 軸のスライド/ピッチの変更では、フーリエ窓を細かくオーバーラップさせて開くこと により音の滑らかさと連続性を確保していると思われる。このことを裏付けるように、 この処理は非常に重く、しかし筆者が知る限りで、最も高品位の処理が可能である。  フーリエ解析で得られた結果を、そのまま時間軸上で引き伸ばし(フーリエ解析で得 られた結果は、時間軸断面の2次元表現物なので、個々のデータは時間軸から切り離さ れており引き伸ばしたり縮めたりすることが容易)を行えばテンポの伸張に、縮めれば テンポの圧縮になる。  同様に解析結果を、そのまま周波数軸上で左右にシフトするだけで、ピッチの変更が 実現できる。どれくらいのオーバーラップをすればこの滑らかさが得られるのかは不明 であるが、独自の工夫があるようで、ダイナミック・トランジェント・シャープニング なるスイッチがあるが、おそらくはこのオーバーラップ量を変更するためのスイッチで あると思われる。  実際にオーケストラの一定テンポの演奏に、自然なテンポの「抑揚」を付加すること すら可能ではあるが、それゆえ操作には細かな配慮が必要である。 ○自然な抑揚のためには、音楽の部分により分割し、適切なテンポパラメーターを入力 する必要がある。 ○分割し処理を行うと、処理の開始ポイントと終了ポイントの部分に「プチ」ノイズが 入ることが多い。 ○この「時間軸のスライド・・」では、処理後にレベルが多少変化する場合があり、ノ ーマライズされた音声信号の場合、この処理を行うとクリップすることがあるため、こ のような音声信号の処理の場合は、事前に-3dB程度レベルを下げて(「増幅」コマンド で)おくべきであろう。 *自然なテンポ抑揚については、実際に演奏の訓練などで身に付けるか、あるいは手本 にすべき楽曲を解析し、どのようなきざみになっているのかを学習する以外に方法がな いので、ここでは論じない。  数分の楽曲であっても、分割する箇所は7〜20箇所程度にはなると思うが、その2倍の 数の「プチ」ノイズの修正が必要になることを覚悟しなければならない。  しかし、一箇所ずつテンポの修正と「プチ」ノイズ排除の作業を交互に行うのは、結 構骨の折れる作業で、つい「後からすればよい」と考えがちになる。しかし。後から「 プチ」部分を探すことはさらに大変な作業になることも知っておかなければならない。  なぜなら「プチ部分」は、わずか1サンプルの波形の段差であり、後から探すことは 困難だからだ。このことを念頭に置き、分割する部分一箇所ずつにラベルを付け、後か らラベルをたよりに「プチ部分」を「ペンシルツール」で修正することを推奨する。  多少面倒ではあるが、得られる結果から考えると簡単なことだ。