2011年4月からこれまで、ガイガーミュラー計数管を用いた放射線量計製作の記事、数値処理の方法、実機の調査などについて記事を公開してきました。このシリーズの目的は自作を通して、放射線量計の普及、正しい理解、工夫・応用の一助として機能させるもので、本編序文にもあるように、決してガイガーミュラー計数管に的 を絞ったものではありません。
しかし、著名なガイガーミュラー計数管(以下、ガイガー管)を用いた工作ではその動作の安定性から、完成後に校正(キャリブレーション)作業を行わなくとも、一定の誤差範囲(およそ30%)に入る、という明快さがありますが、それ以外の方法では必ず、校正作業、経年変化に対する管理が必須で、これなくしては実際に役立つ測定器として完成させることは困難である、という本質的問題があります。
注) 著名ガイガー管(例えばSBM-20のような)では、一般測定器でいう感度(計数率)の安定性や経年変化の少なさは、故障モードの調査解析とともに、一定の評価があると考えられます。
これに対してPINフォト・ダイオード(以下、PD)をセンサーに用いたもの、シンチレーション(以下、シンチ)では、ガイガー管方式のようなプラトー領域が明確ではなく、完成時の調整・校正だけではなく、経年変化や、測定に伴う永久的な感度変化があるために、定期的な動作確認や校正が必須となります。
この問題をある程度解決しなければ、PDやシンチ方式の放射線量計の製作記事には取り組めないと私は考えます。
○これまでの校正、確認方法の経緯・工夫(線源の利用)
utsunomia.comでは、その安全性と日常性からカリウム40(40K)を含む食用減塩塩などを推奨してきましたが、カリウム40は主としてβ崩壊であり、ややパワーに欠けることと、距離による減衰が大変大きく、それゆえ計測技術の訓練にはなるものの、定量的校正には使用しづらいものでした。
utsunomia.comでは、著者がランタンマニアであることもあり、ランタンマントル(ガスやガソリン、灯油などを燃料とする灯火器の発光部分)を当初から使用していたが、比較的線量も高いことから、サイトの記事としてはあまり積極的には扱っていませんでした。
私に限らず多くの自作家がランタンマントルを用いて、動作確認などに使用していることは周知の事実であるかと思います。
しかし、残念なことに動作確認に使用したり、そのベクレル数の多さからカウントそのもののテストに用いられることは多いのですが、これを用いて校正を試みた例はあまり見受けられません。
○ランタンマントルはなぜ校正に用いにくいのか
ランタンマントル(以下、マントル)とSBM-20を用いた実験についての、様々な書き込みや記事を眺めてみても、下は数十から上は4~5000CPM(毎秒のカウント数)まで大変大きなばらつきがあります(筆者の実験では後述のマントル1枚で5000CPM、海外サイトのビルダー達の記述でも4~5000CPMが多い・・樹脂薄膜越し密着)。
この数値のばらつきを考察してみると、いくつかの原因が考えられ、それを取り除くことで校正に使用できる可能性があると考え、このテキストの主要内容としたい。
+ばらつきの原因
マントルに含まれる物質については
http://www.beejewel.com.au/research/Bee_Research/thorium_spectrum.htmlにγ線分光分析(スペクトロメトリー)例があるが、自然産出のトリウム、ラジウムなどの放射性同位元素の複合体のようである。この物質をマントルに添加する理由は、発光時の色温度制御のためで、炎色反応の一種を含んでいる。
欧米では発光剤として放射性物質を含むことが70年代にすでに問題となっており、とくにコールマン社の製品では現在では徹底して放射線同位元素の排除を行っている経緯があり、その代用としてコ社の製品では分光からストロンチウム(非放射性)を多く含んでいるようだ。現在のコ社の製品は標準線源として使用することはできません。また、他社も同様の流れにあります。
マントルの構造
コールマン以外の製品では、絹で作った荒いメッシュ生地に「発光剤」として上記のトリウム複合物が水溶液中で含浸させてある。燃焼塔に取り付け、マントルに着火すると蒸し焼き状態(炭素骨格のみが残留)になり、還元炎中で明るく発光するが、この状態では灰化しており、わずかの振動や衝撃で脆く崩れる。この灰化したときの強度を向上させるために、上記発光剤以外に無機質の結合剤を含む場合もあるようだ。
線源として用いられるマントルは、蒸し焼き以前の絹布状態なので、弾力に富み密度が一定しない。
放射イベント
放射線出力は、重量・体積あたりの崩壊原子数でイベント数が決まるため、この弾力に富み密度が一定しないことがばらつきの原因のひとつと言える。
線種
ガイガーカウンターでは崩壊原子からのイベント数をカウントするが、その種類はγ線、β線、α線が主要なもので、マントルに含まれるトリウム複合線源からは、その全てが放射されている。(中性子は仮に放出核種があったとしても、通常のガイガー管では検出されない)
よく知られているように、γ線は直進するが、β線α線は荷電しているため磁力線の存在下で直進しない。また、放射される方向もランダムで、目には見えないが放射物質のまわりにモヤのように漂っている(もちろん粒子の流れだが)。
このため、線源と検出器(センサー)の距離に敏感で、距離による減衰が計算しにくく、一定の線量を検出できる距離も条件により不安定に変動する。
これに対してγ線は荷電しない「電磁波(光子)」なので、直進性が良く、点線源において光と同様に、距離の2乗に反比例し減衰していく。(つまり標準線源として使いやすい)
+どのようになっていれば安定するか
前項をまとめると、線源の密度、大きさが変動すると、出力が変動し、β線、α線を含むと、線源と検出器の位置関係が難しくなる。
このことから、製作する標準線源は
1)線源の密度・大きさが固定されている。
2)出力の主要エネルギーはγ線として取り出す。(β線出力に関しては、β崩壊核種(90Sr/90Yなど)を入手するか、40Kの化合物などから求める・・・今回は扱わない)
+それ以外の問題
線源の大きさ、形状
物理学一般で扱うモデルがそのまま適用されるとするなら、理想線源は「無限に小さい、放射する球」ということになるだろう。
また実際には、この球以外に、「無限に大きい、放射する平面」も考えられ、実際の現場的な計測を考える場合でも、サーベイ一般は前者を、空間線量は後者を想定していると考えられる。
理想は理想であり、現実的にはどちらも無理なのだが、1)、2)、工作の都合から、前者を目指したい。
安全性
器具として家庭に設置管理できる線源でなければならないので、出力10μSv/h以下、ポケットなどに入れっぱなしに出来ない、幼児が誤飲などできない等。
製作記事なので、作業者が比較的安全に(最低限の注意のみでクリアできる)工作できる必要がある。
また、国の定める法律や条令に違反しないこと。
材料
特別な材料や器具を必要とせず、入手が容易であること。また製作費用が安価であること。
互換性
この記事の目的は、安価に手軽に一定線量を得ることを目指します。つまり、完成後に検査機関で校正することも一つの方法ですが、そのステップのない、作るだけで一定線量になる工作を目指します。
☆採用する線源
キャプテンスタッグというブランドのランタンマントルを使用する。この製品はサイズがL、M、Sと3種類あるが、Lを採用する。
<注意> この製品はあくまでランタンという灯火器具の発光体として作られているのであり、含まれる放射性物質の種類や含有量について規定があるとは考えにくい。したがって、その物質の種類や量がロットにより変化する可能性、また将来、放射性核種の撤廃があるかもしれません。製作予定の方は、このマントル部分だけでも、今のうちに購入しておくことをおすすめします。
従来、多くの自作家たちはランタンマントルを、そのまま裸で、あるいはポリ袋に入れて、線源として用いている。
ポリ袋に入れる理由は、ランタンマントルからの放射性物質の漏出や付着を嫌うためで、実際に裸でガイガー管に接触させていると、次第に計数下限が上昇(汚染)されていくことが確認される。
ポリ袋に入れたからといって、完全に漏出が止まるわけではない。例えば、トリウムなどの物質は個体粉末なので、袋に大きな穴が開いていなければ、それなりに流出を阻止(数百分の1以下)にできるが、トリウム崩壊物のトロン(ラドン220、半減期55.6秒、α崩壊)などは気体であり、ポリ袋に付いているチャックや微小な穴から漏出し続ける。その他の放射性ラドンも大地から常に湧いて出ているので、この程度のトロンが危険であるとは言えないが、得られる線源としての知識は必要であろう。
もちろんトロンなども含め、「管理」すべきである。
ポリ袋に入れても、γ線は減衰せず、β線もその多くは通過する。
☆採用するケース(入れ物)
TAKACHI(タカチ・・電子機器用の汎用ケース・・電子部品販売店などで取り扱い)
URL: http://www.takachi-el.co.jp/
製品型番:TD4-6-3N・・・価格は¥500~¥600程度
寸法 :40×27×60(mm)
採用理由:
全国的に入手が容易で、材質、寸法などの品質が安定していること。
堅牢であること。
一定の厚みの金属材料であること
この記事の目的は、出力線量の安定化とともに、出力の再現性、が重要な目的なので、他にもっと好適なケースがあるので、そちらを採用・・のような方法でクレームを付けないようお願いいたします。
原則として同じ材料でなければ、出力の再現は困難と思います。
☆内装材
ポリエチレン袋(チャック付き、50×80mm)
: あまり出力線量に大きな影響は与えないので、同等のものであれば寸法が多少異なっても問題ない。
: 目的は、うまく圧迫・圧縮を行うためと、放射性物質の飛まつ飛散を防止するため。
鉛薄板
HIKARI co.,ltd 製 100×1000×0.3mm 製品名:GZ-3-101
ホームセンターで防音防振用として販売。(粘着の有無あり、どちらでも可)
この製品でなくても、厚さが同じなら使用可能。
実際に上記のタカチケース(アルミニウム2mm)だけでは、β線の遮蔽が不完全で、SBM-20での観測ではγ線と同程度(カウント)までにしか低減できなかった。(ランタンマントルはそれほどにβ線が多い)
そこで、散乱によるγ線の増力と、より高いβ線の遮蔽、内部ランタンマントルの形状安定を兼用するために、鉛板を内装。
ティッシュペーパーなど
圧迫・圧縮すると内部に隙間ができるため、その空間を埋め尽くし、形状を安定させるため。鉛板の端切れを詰め込むと出力線量が変化するので、再現性(定量的出力を得るには、指定どおりティッシュペーパー2~3枚)を得るには指定を遵守下さい。
シリコンコーキング剤
完成した後に、ケースからの物質漏出を軽減するために、蓋を閉める際に、シール剤として、水回り用として販売されているシリコンコーキング剤で、封止。しかし崩壊物の希ガス類は、容易には完全封止できません。
○組み立て
1)必要部品を揃える。
2)屋外でポリ袋にマントル3枚を詰め込む。
注意:ある程度、繊維飛まつが飛散するので、風向きを考え、注意深く作業する。マスク推奨。作業後は手洗い。
このときにできるだけ袋内の空気を排出しチャックを閉める。
3)鉛板をおおよそ写真のように切り出す。
4)タカチアルミケースに鉛板を内装していく。
このときに鉛板が引きちぎれないように注意する。とくに出力面にストレスがかからないように、他の面は多少のしわや重なりがあっても構わない。
5)鉛板の中に、ポリ袋に入れたマントルを収納する。
注意:鉛板やアルミケースの角などで袋に穴を開けないこと。6)鉛板を一辺ずつ折り込みながら、マントルを圧縮包み込むように畳んでいく。
注意:このときに必ず指の力のみで圧迫し、棒などの先で押さないこと。指の力では鉛板や内部のマントルに、過剰な力がかからず、安全に作業ができます。
またこの作業後には、鉛の切削くずが指に付着しているので、石鹸などで指先を手洗いすることを推奨。
7)
指定材料で組み立てた場合、アルミケースにはその容積の1/3から1/2の空間ができます。この空間にティッシュペーパーを2枚から3枚程度丸めて挿入。
アルミケースの淵から5mm程度飛び出していても、問題ありません。
この後に蓋を閉めますが、間にティッシュペーパーを挟みこまないように注意し、ボルトを対角方向に交互に少しずつ締めていきます。
* どうしても漏出が気になる場合には、蓋をするときにシリコンコーキング剤を塗布し、密閉下さい。
これで完成です。
○完成した線源の性質
測定はSBM-20管壁と線源ボディーの距離を4mmとして行う。この距離が変化すると、当然出力は変化します。
☆γ線出力
同じ内容で(詰め込み方は故意に強い弱いをつけて)4個製作してみましたが、いずれの場合でも1.53μSv/h(SBM-20×2、鉄鉛遮蔽で450CPM)~1.59μSv/h(同477CPM)となりました。(定確度1000カウント)およそ1.5μSv/h ±10%以内に再現されるのではないかと考えています。
(実機プリピャチ(カウント数からの自己校正)、実機SIM-05連続平均でもほぼ同じ結果となりました(±5%以内)
☆漏洩β線出力
上記の測定で、測定側のβ線遮蔽が無い場合、15~22%CPMの上昇が見られました。SBM-20 / マントルの場合、遮蔽なしでカウント数は遮蔽ありの場合に対して5倍から8倍程度なので、β線出力は十分に抑制されていると考えます。
勿論鉛板の厚さを倍増すれば、さらに抑制は可能ですが、工作の難易度が上がる傾向があります。
☆鉛板を内装しない(アルミ2mmのみ)場合。
著しくβ線の漏洩が増大します。
このときのγ線出力(計測側に鉄鉛遮蔽)1.40~1.46μSv/hと、鉛板内装有りに比べ低く、また測定側に遮蔽なしのときに、60%程度カウント数が増大します。
☆その他
放射イベントはポアソン過程に従い、一定時間で計測(CPMのように)では、一定のばらつきが観測できるが、どういうわけかアルミ・鉛遮蔽した試作線源ではこのばらつき幅が縮小する傾向が見られた。これは標準線源としては好ましい現象なのだが、本当に分布の先鋭化が起こるのかは今後検証する。
@お願い@
この記事の要旨は、安定な線源を校正無しに実現できるか、という点に尽きます。再現されたときに得られた数値などのご報告をお待ちしています。
また寄せられた再現性についての報告は、この記事に追記していきます。計測はSBM-20によるカウント数、信憑性のあるサーベイメーター、シンチレーションカウンタ、など何でも歓迎いたします。
上級者の世界
ここから先は放射性物質の「濃縮」を含み、また飛まつ飛散の可能性が高い工程を含みます。絶対的な線量はそれほど高くはありませんが、十分に防護・管理できる方のみ参照下さい。
この情報の参照・実行によって、利用者や関連する方々にかかる、一切の損失や被害について、筆者・サイト管理者は免責されるものとします。
ランタンマントルを圧縮・高密度化・形状安定すると、一定の放射出力の安定が得られることは分かったが、いかんせん線源の密度が低く、点線源には程遠いものがある。そこで、マントルを本来の運命どおりに燃焼・灰化し密度を上げ、樹脂練りこみとして出力安定を図ってみた。
ランタンマントルは、ランタンの燃焼塔に取り付け、蒸し焼き無機化し、還元炎中で炎色発光させる。
灰化することで、有機高分子(絹)の結合力は無くなり、物質としての密度を増大できるため、残留する放射性物質の相対的な比率が上昇することから、より強く安定な出力を得ることが可能なはずだ。
バーナーなどで燃焼させてみたが、ランタンに取り付けて燃やした場合と異なり、生焼け状態で、繊維質が多く残り、おそらく絹から生じたと思われるタール分などの残量が多く、あまり好ましい結果にならなかった。
やはり本来あるべき燃焼塔での焼成が良いらしい。